そもそも優等生は引きこもりやすい、というのが私の実感です。
勉強は部屋に引きこもって、一人でするものです。
しかも10代のもっとも多感な時期に、受験戦争の真っ只中に放りこまれて、好きなことも我慢してがんばるわけですからなおさらです。
勉強部屋に引きこもっていて、学校や塾の成績がよければ、親はすこぶる機嫌がいい。
親から見れば、実に手のかからない自慢の子どもです。当時は友だち付き合いが少なくても、まるで気になりません。
それは学校の成績とはまるで関係ないからです。
30歳で私たちのところにやってきた健一君も、そんな手のかからない優等生でした。
健一君は、東大を卒業して、大手建設会社の研究所で働いていました。
だけど、入社後に人間関係がうまくいかず、26歳で退職。
それから実家で五年間ひきこもってから、私たちの寮に入りました。
だけど、寮に入っても人間関係はまるでダメ。
学生時代に友だちと遊んだり喧嘩したり、仲直りしたりといった経験が圧倒的に不足していたからです。
お父さんは地方自治体の幹部職員で、お母さんは専業主婦。
健一君は、地元で一番優秀な、私立の中高一貫校からストレートで東大に入りました。
お母さんの話だと、小さいときから友だちと遊ばず、放っておいたら勉強ばかりするので、これは心配だとは漠然と思っていたと言います。
しかし、具体的な行動はとらず、そのままにしてしまった。
その後の展開を考えれば,友だちと遊ぶより、一人で勉強するほうが彼にとってははるかに楽だったのだと思います。
彼のご両親に面談したときに、
「健一君が本当に嬉しそうな顔をしたことがありますか?」
と私がたずねると、
「東大に合格したときだけです」
お母さんはポツリとそう言われました。
そのときだけは本当に嬉しそうな顔だった。それ以外は、嬉しそうな顔なんて見たことありません、と。
実際、彼がニュースタートを出ていくまでの二年間、私も彼の笑顔を見たことはありませんでした。
たしかにそんな調子でも、大学までは卒業できます。
だけど、建設会社の研究所に入ったら、多かれ少なかれチームで仕事をしなければいけなくなります。
そうなると、さっぱりうまくいかなかったようです。
他人と仕事をするということは、それぞれの分担を決めて、譲るところは譲り、自分の意見を主張すべきところは主張する――
そういう折り合いを周囲とつけていかなければなりません。
そういう練習を、健一君は小さい頃からまるでしてこなかった。
その代わりに引きこもって勉強ばかりしていたのです。
結論から言うと、彼はまた働き始めました。
建設関連の設計図をひたすら描くような仕事のようです。
受験勉強と同じような環境だと、お母さんからは聞いています。
もう二年近く続いていますが、ものすごく無理しながら必死にがんばっているのではないかと心配でなりません。
「残念ながら、どこかでぷつんと切れて、身体が動かなくなる気がするのですが・・・・・」
私はご両親に率直にそうお伝えしました。
ニュースタートの寮にいる頃も、ほかの寮生とほとんど話ができなかったからです。
ご両親もまた勤めさせるのは無理があると思っておられました。
だからニュースタートで何かやれる方法はないかと考えておられた。
健一君が入寮してから退寮するまで、折り目折り目に、ご両親そろって地元からはるばる千葉までみえられました。
お父さんも腰の低い、謙虚な方で、とても立派なご両親です。
しかし最終的には、健一君本人の意思なので退寮したいということでした。
だけど退寮時に、
「本人の意欲はわかりますが、現状だと勤めるのは難しいと思います。」
と私は両親にはっきり伝えました。
しかし結果的には採用されて、二年近く仕事も続いていますから、私の予想もあてになりません。
ただ、けっして長続きする働き方でないのは確かです。
いまでもお母さんから、彼の近況を知らせる手紙がときどき届きます。
「お陰様で、まだ仕事は続いているのですが、また、いつ何が起こるかわかりません。
そのときは相談にのっていただきたく思っております」
実に丁寧な手紙は、いつもそんな文章で締めくくられています。
「希望のニート」二神能基著 2005年6月2日刊行 より
このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「希望のニート」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。
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認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。
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