わが子が、自分が、「引きこもり」なのではないか?
そう考えた時、「引きこもり支援はどんなものがあるのか」「どんな人が対象なのか」と、お調べになるでしょう。
すると引きこもりの定義が、省庁や市などで少しずつ違うことに気付かれると思います。
支援を受ける中で、「自分は支援対象なのか?」と違和感を覚える方もいるはずです。
結局「引きこもり」とは何なのだろう?
そんな風に思い悩んでいる方に向けて、このコラムでは、引きこもりの定義を丁寧に解説します。
引きこもりの定義で、今一番、一般的だと思われるものはこちらです。
様々な要因の結果として、就学や就労、交遊などの社会的参加を避けて、原則的には6ヶ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態のこと。(他者と交わらない形での外出をしている場合も含む。)
厚生労働省ひきこもりボイスステーション|まず知ろう!「ひきこもりNOW」!
~「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」より~
厚生労働省の「ひきこもりボイスステーション」サイト内の、「ひきこもりとは」の文章です。
「引きこもり支援推進事業」は厚生労働省の管轄ですから、厚生労働省のこの定義を元に支援が考えられていることになります。
全国に設置された引きこもり支援センターも、「引きこもり支援推進事業」の一環です。
引きこもり支援推進事業(厚生労働省のページ)
文章の最後にある通り、「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」からの引用になります。
先程の文章の元になった、「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」です。
こちらは2010年に発表されたものです。
このガイドラインに書かれている、引きこもりの定義です。
様々な要因の結果として社会的参加(義務教育を含む就学,非常勤職を含む就労,家庭外での交遊など)を回避し,原則的には6ヵ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念である。
なお,ひきこもりは原則として統合失調症の陽性あるいは陰性症状に基づくひきこもり状態とは一線を画した非精神病性の現象とするが,実際には確定診断がなされる前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべきである。
このガイドラインが、今の引きこもりの定義の根幹と言えるでしょう。
2010年のガイドラインの前に、2003年にもガイドラインが発表されています。
2010年の前身のようなガイドラインです。
この中に書かれた、引きこもりの概念はこちらです。
かなりシンプルな文章です。
「ひきこもり」はさまざまな要因によって社会的な参加の場面がせばまり、就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態のことをさします。
この後に、引きこもりは単一の疾患や障害の概念ではないといった内容が続きます。
精神疾患や発達障害と関連がない人もいるという話も含めて、病気等との関連性についての内容が主です。
その後に、「社会的引きこもり」に関する項目があります。
・「社会的ひきこもり」とは?
近年まで、「ひきこもり」といえば、統合失調症などの精神疾患のために、なかなか社会参加が出来ない人への援助が、地域精神保健の中心的な課題でした。
しかし、この10年ぐらいのあいだに、10代で不登校をしている人々の数が増加し、また、それらの人々が就学年齢を過ぎても、必ずしも社会適応がうまくいっていないという調査結果もでるようになりました 。
つまり、狭義の精神疾患とは呼べないが「ひきこもり」を呈している人々への援助が地域精神保健の課題としてクローズアップされてきたわけです。
そこで、このような対象者の状態のことを、狭義の精神疾患を有するために生じる「ひきこもり」状態と区別して、「社会的ひきこもり」と呼ぶようになりました。
この後に、斎藤環先生の書籍「社会的ひきこもり」から引用した文章が続きます。
斎藤環先生は、先程の2010年版では製作メンバーに名を連ねていますが、この2003年版ではメンバーに入っていません。
ここで初めて、現在の定義にもつながる、6ヶ月という期間についての記述が登場します。
たとえば、斎藤はその著書の中で「20代後半までに問題化し、6ヶ月以上、自宅にひきこもって社会参加しない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とはかんがえにくいもの」 と、その定義を述べています。
しかし、これもあくまでも、状態像の記述であり、医学的診断として提唱されているものとはいえません。
斎藤環先生の書籍「社会的ひきこもり」は、2003年のガイドライン発表の5年前、1998年の出版です。この書籍が、現在の引きこもりの定義に大きな影響を与えているのは、間違いありません。
「社会的ひきこもり 改訂版」の中に書かれている、引きこもりの定義です。
六ヶ月以上、自宅にひきこもって社会参加をしない状態が持続しており、ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの
※「20代後半までに問題化」という文言は、2020年の改訂版では削除されています
ただし、「これが引きこもりだ」と書かれているわけではありません。
書籍の最初の方に、「この本の中では『社会的引きこもり』をこう定義します」と、その後に続く様々な話の前提として書かれている文章になります。
6ヶ月という期間については、「社会的ひきこもり」の中では、「精神症状の持続期間としての、一つの単位」と書かれています。
精神医療分野では、目安とすることが多い期間なのでしょう。
また3ヶ月など短期間だと、短期間の引きこもり状態が必要な場合も決して少なくないのに、治療へ急き立てるといった家族などの過剰反応を呼んでしまう可能性がある。
逆に例えば1年にすると、対応が遅れてしまう。
その間を取って、6ヶ月としたようです。
そもそもが書籍の中の前提部分ですし、6ヶ月に確固たる根拠はないわけです。
ですが何かを定義する際に期間の記述は必要でしょうし、個人的にも継続性を認めるのに妥当な期間ではないかと思います。
だからこそ現在まで、この「6ヶ月以上」という記述が残ってきたのでしょう。
2003年と2010年のガイドラインでは、引きこもりの定義は変化しています。
これは、「何のためにガイドラインが作成されたか」が関係していると思います。
2003年のガイドラインには、こう書かれています。
本ガイドラインでは、自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている、「ひきこもり」の状態の人への地域精神保健分野における対応の指針が述べてあります。
(中略)
本ガイドラインは、「治療」というよりも、「地域においてまずできることは何か」ということに力点をおきました。
つまり地域の精神保健福祉サービスに携わる人に向けて、地域での支援方法の指針を出したガイドラインなわけです。
それに対して、2010年のガイドラインはこうです。
「ひきこもり」の評価と支援の実践的なガイドラインとして、支援にあたる専門機関(公的機関だけをさしているのではありません)の職員が何をどうしたらよいかという指針を得るために、あるいは支援を求める当事者やその家族が現時点での支援の現状とその利用法についての情報を得るために、広く利用していただけたら幸いです。
精神保健福祉サービスに従事する人に限定せず、公的機関以外の支援者や、当事者やその家族にまで利用対象を広げている、というのが大きな特徴です。
作成目的の違いから、定義にも違いが出ているのだと思われます。
2010年のガイドラインには、更にこう書かれています。
ひきこもりという概念が覆う領域は非常に広く、その境界はあいまいなものとならざるをえません。
しかし、様々な支援を行う際には、より明瞭な境界で区切られた現象像の定義が求められるところであり、本ガイドラインでも次項に掲載したような定義を用いてひきこもりという現象を規定しています。
引きこもりの境界はあいまいだが、支援のためには何かしらの定義が必要だからこれを規定した、というわけです。
書籍「社会的ひきこもり」の定義が、本文を進めるにあたり作られたのと同じです。
つまり引きこもりには、「これがそうです!」と言えるような確固たる定義は存在しないのです。
私たちが目にしている定義は、引きこもり支援センターなどの支援を作る過程で、便宜上規定されたものに過ぎないのです。
厚生労働省の引きこもりの定義は以上です。
次は内閣府の引きこもり定義を説明します。
内閣府では過去に4回、引きこもりに関する全国調査を行っています。
① 2010年 15~39歳を対象の調査
② 2016年 15~39歳を対象の調査
③ 2019年 40~64歳(中高年)を対象の調査
④ 2023年 15~69歳を対象の調査
※全て発表年度、調査は前年
青少年に関する調査研究等 – 内閣府 (ndl.go.jp)
最新の調査は2022年(令和4年)に行われ、2023年にその集計結果が発表されました。
引きこもりの人数が146万人にまで増えたと、話題になりました。
この調査で使用されている引きこもりの定義、どういう人を引きこもりと数えたのかを、ここから説明します。
まず、「あなたは普段どのくらい外出しますか」という質問があります。
回答の選択肢は8つです。
あなたは普段どのくらい外出しますか。現在のことについてお答えください。(1つだけ)
1 仕事や学校で平日は毎日外出する
2 仕事や学校で週に3~4日外出する
3 遊び等で頻繁に外出する
4 人づきあいのためにときどき外出する
5 ふだんは家にいるが、自分の趣味に関する用事のときだけ外出する
6 ふだんは家にいるが、近所のコンビニなどには出かける
7 自室からは出るが、家からは出ない
8 自室からほとんど出ない
5~8を選んだ人は、外出頻度が低い人になります。
先程の回答が5~8だった人に、更に「外出状況が現在の状態となって、どのくらい経ちますか」と質問します。
あなたの外出状況が現在の状態となって、どのくらい経ちますか。(1つだけ)
1 3か月未満
2 3か月~6か月未満
3 6か月~1年未満
4 1年~2年未満
5 2年~3年未満
6 3年~5年未満
7 5年~7年未満
8 7年~10年未満
9 10年~15年未満
10 15年~20年未満
11 20年~25年未満
12 25年~30年未満
13 30年以上
3~13の、6ヶ月以上の選択肢を選んだ人が、「6ヶ月以上、外出頻度が低い人」です。
いわば「引きこもり候補」です。
最新の2023年発表の調査では選択肢はこの13個ですが、以前の調査では「7年以上」までの8個の選択肢しかありませんでした。
引きこもりの長期化・高齢化が指摘されていた、2019年発表の中高年を対象にした調査から、選択肢が増えています。
外出頻度の質問で5~8を選択し、その期間の質問で6ヶ月以上の選択肢を選んだ、「6ヶ月以上、外出頻度が低い人」。
ここから、特定の条件に当てはまる人を、省いていきます。
この条件がかなりややこしいので、こちらで図を作成しました。
外枠が「6ヶ月以上、外出頻度が低い人」、白が省く部分です。
例えば、引きこもりの理由で「病気」を選択し()内に統合失調症と記入した人は、引きこもりから省かれます。
引きこもりの理由で「妊娠」を選択し、かつ最近6ヶ月の家族以外との会話で「よく会話した」を選択した人も、引きこもりにはなりません。
こういった白い部分の人を省いた、ピンクの部分の人たちが、「引きこもり」とされます。
引きこもりの人が確定したところで、最初の外出頻度の質問に戻ります。
この質問で5を選んだ人が「準ひきこもり」、6~8を選んだ人が「狭義のひきこもり」になります。
この両方を合わせた人が、「広義のひきこもり」です。
2023年に話題となった146万人は、広義のひきこもりの人数です。
ここまででお伝えしたのは、2023年発表の、最新の調査のやり方です。
過去に4回行われた調査ですが、実は少し違うところがあります。
外出頻度の質問と、その期間の質問(6ヶ月以上が該当)は同じです。
ですが図にした省く人の出し方が、調査によって違うのです。
例として、2016年発表の調査の図をお見せします。
分かりやすくするため、先程の2023年の図も並べます。
妊娠・育児や育児で外出頻度が減っている人は、2016年は、全て引きこもりから省かれています。
2023年になると、家族以外との会話と複合的に判断するようになります。
この「家族以外との会話の頻度」を聞く質問自体が、2016年はありませんでした。
自営業・自由業の人は引きこもりから省かれるようになったなど、他にもいくつか違う点が見受けられます。
このように、内閣府の調査の上での定義も、少しずつ違っているのです。
厚生労働省と、内閣府の調査での、引きこもり定義を説明してきました。
改めて、厚生労働省の現在の定義です。
様々な要因の結果として、就学や就労、交遊などの社会的参加を避けて、原則的には6ヶ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態のこと。(他者と交わらない形での外出をしている場合も含む。)
~「ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン」より~
これに対して内閣府の調査で使用された定義は、
あなたは普段どのくらい外出しますか。現在のことについてお答えください。(1つだけ)
5 ふだんは家にいるが、自分の趣味に関する用事のときだけ外出する
6 ふだんは家にいるが、近所のコンビニなどには出かける
7 自室からは出るが、家からは出ない
8 自室からほとんど出ない
かつ
あなたの外出状況が現在の状態となって、どのくらい経ちますか。(1つだけ)
3 6か月~1年未満
から
13 30年以上
であり、ここから統合失調症が理由の人などを抜きます。
「学校や会社に定期的に行くことはなく、たまに趣味で外出する程度の状態が、6ヶ月続いている」
この状況は、ほぼ共通しています。
大きく違うと感じるのは、「他人との交流」についてです。
厚生労働省は「交遊などの社会的参加を避けて」「他者と交わらない形での外出」という記述があります。
たまに友人と遊びに行ける場合は、引きこもりに該当しないと考えている印象を受けます。
それに対し内閣府は、主な判断基準が外出頻度であり、他人との交流にはあまり重きを置いていない印象です。
「家族以外との会話頻度」に関する質問で、会話が少ないことが引きこもりの必要条件ではないのです。
しかも2016年の調査では、質問自体が存在しません。
現状の理由が出産育児や介護以外であれば、家族以外と「よく会話した」を選択しても、引きこもりになります。
例えば会社都合で退職し、この半年は無職のため平日はあまり外出しないけれど、毎日のように友人と電話をして、休みの日は友人と遊びに行くという人が、引きこもりに該当することになります。
厚生労働省と内閣府で定義が違うだけでなく、それぞれの定義も今と昔では違います。
大きな境目と言えるのは、2009~2010年です。
厚生労働省では、2009年に「引きこもり支援推進事業」を始めています。
ガイドラインの発表も2010年です。
内閣府で言うと、1回目の引きこもり調査が、2009年実施・2010年発表です。
相談窓口にしても、引きこもり支援センターは「引きこもり支援推進事業」の一環なので、2009年以降の設置開始です。
市区町村の引きこもり相談窓口は、早い所で2010年代に入ってから設置しています。
つまり行政の「引きこもり」と銘打った物事は、2009~2010年に開始しています。
それに合わせて作られたのが、現在使われている引きこもり定義というわけです。
冒頭の一般的と言える引きこもりの定義ができてから、およそ15年が経ちました。
ですがその前もずっと、引きこもりという言葉は使われていました。
「引きこもり」という呼称ができたのは、1980年代です。
2010年までの実に20~30年間、行政による定義付けはないままでした。
この20~30年の間に、私たちニュースタートも含め、様々な民間の引きこもり支援団体が立ち上がっています。
特に1990年代に活動を開始した団体は多く、ニュースタートは1994年です。
当時の引きこもりのイメージは、趣味やコンビニに行く感じではなく、「全く家から出ない人」に近かったと思います。
私たち民間の支援団体にとって、行政の引きこもり定義は、かなり後に降ってきたものだったと言えるでしょう。
各々が独自の概念で長く支援をしており、行政の定義の影響は特に感じませんでした。
つまり現在の、2010年頃に作られた引きこもり定義は、
という、実はかなりあやふやなものなのです。
ですので、支援を探す皆さんは、定義をあまり気にする必要はありません。
個々の支援を見て、それぞれの対象範囲などを確認し、当てはまれば利用すればいいのです。
定義にこだわらず、「当事者の状態に合う支援」を探していただければと思います。
同じ引きこもり・ニート状態であっても、その状況はそのご家族によってみな違います。
ニュースタート事務局では、ニート・引きこもりの解決のために、あなたの息子さん・娘さんに最もよいと思われる方法を、豊富な経験からご提案いたします。
認定NPO法人ニュースタート事務局スタッフ。青山学院大学理工学部卒。担当はホームページや講演会などの広報業務。ブログやメルマガといった外部に発信する文章を書いている。また個別相談などの支援前の相談業務も担当し、年に100件の親御さんの来所相談を受ける。
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