ニートを持つ親には、子離れができていない親も非常に多い。
それには、「いい学校、いい会社」コースの途中で、子どもがドロップアウトしてしまい、子離れの機会を失ったせいもあります。
そのせいで、親として子どもを守らなければと意識過剰になり、極端な過保護になってしまったり、母子密着が強くなりすぎてしまったりするのです。
29歳の勝之君は、小学校から不登校気味で、一五年間ほど引きこもっていました。
私のところに来たのは昨年のことです。
最初の印象は、実年齢にくらべて実に幼い、「幼児返り」しているなということでした。
実家での引きこもりやニートが長期化すると、若者は幼児帰りしてしまいます。
学校という社会で行動する必要もなく、ただ、家の中で子ども然としていれば済むからです。
みんな実年齢より幼く見えるし、表情もとぼしい。
他人と会話して喜怒哀楽を感じる経験がないから、顔の筋肉を働かせるチャンスがない。
顔の筋肉を使わないから表情もなくなる。
人間の身体はとても合理的にできています。
でも世間ずれしていない分、すごく純粋でもあります。
それは小、中学校で不登校から引きこもりになり、そのまま年齢だけは20代になった若者に共通していることです。
勝之君の家族は、いままでの習慣なのでしょうが、子どもを私たちのところに預けたあとでも、親が彼を子ども扱いしてしまい、私たちも対応に困っています。
具体的に言うと、入寮してからも子どもがしょっちゅう親に電話して、
「食事がまずい」
「隣の部屋がうるさい」
と文句や愚痴ばかりをこぼすのです。
すると今度は、親がいちいち事務局に電話してきて、
「自分の息子が、ちゃんと今日の食事を食べたかどうか確認してほしい」
などと訴えるのです。
サラリーマンのお父さんも頻繁に息子の様子を見にきます。
こうなると、親子を離ればなれにしている寮生活の意味がない。
自宅にいるときと同様、子どもが精神的には親に依存しきっているからです。
「ご両親で納得して預けられた以上、私たちに任せてください」
私が何度そう言っても、理解してもらえません。
たしかにそちらに預けたけれど、子どもの面倒をみるのは親の義務だ、みたいな考え方のほうが強い。
さらに、子どもがうまく育っていない分、親としての義務感が大きくふくらんでいて、聞く耳を持たないという感じです。
私たちのところに電話してくるのは父親なのですが、どうやら子どものことが頭から離れない母親が、涙ながらに訴えるから、お父さんが仕方なく電話してくるようです。
もう子離れできないという次元をはるかに超えています。
もちろん、親御さんは一生懸命なわけです。
子どもの事を想う気持ちにも嘘はないし、真剣です。
だけど一生懸命すぎるあまり、自分と子供の関係を客観視するゆとりがない。
親がまるで「ペット」のように子どもの世話を焼くうちに、子どもも「ペット」みたいになってしまうのです。
この文章だけ読むと、滑稽なことだと苦笑されるかもしれません。
だけど、自分もふくめて大部分の親が、子どもが実際にニートになってしまった場合、同じような行動をとってしまったりするのです。
年間200組の親御さんと面談している経験から、私はそう申し上げたいと思います。
うまく子離れできないという状況をふまえて、講演会などでは、
「あらゆる子育ての結果は、偶然にすぎません」
と私は言うようにしています。
それで少しでも肩の荷を降ろす親御さんがいらっしゃればいいな、と思うからです。
「ただの人として楽しく生きればいい」
若者の硬直した考え方を揉みほぐすのと同じ要領で、親御さんにはそう話します。
子どもがニートになってしまうと、母親が人一倍責任を感じてしまわれます。
すると、専業主婦の方でも共働きの方でも、お母さんが必要以上に反省してしまいます。
夫婦共働きの方なら、「小さい頃から子どもを保育園に預けて、子どもへ注ぐ愛情が足りなかった」と反省する。
専業主婦の場合は、「子どもに対して命令口調が多かった」「勉強を強制しすぎた」と反省する。
しかし、完璧な人間なんていませんから、どのお母さんも真面目に反省しだせば、心当たりのひとつやふたつは必ずあるものです。
それを致命的な失敗ととらえて挽回しようと、生真面目にがんばってしまうと、子どもの気持ちを尊重しすぎたり、引きこもりを長引かせたり、時には子どもの暴力にさえ甘んじてしまうといった結果になりがちです。
あるいはそれが、(次の項で触れますが)他人を寄せ付けない過度な母子密着になってしまう場合もあります。
しかし冷静に考えてみてください。
昔も今も、共働きの子どもでもちゃんと育っていく子どももいれば、お母さんが専業主婦でも不登校になる子どももいます。
そこに明確な原因と結果の法則性などないのです。
校内暴力が盛んだった頃は、マスコミは、子どもの悪い成績からくる劣等感や、両親の不和などに、その原因を求めようとしました。
さらに凶悪な少年犯罪が報道され、その犯人が成績のいい優等生だとわかると、マスコミの攻撃の矛先はテレビゲームや、教育ママに向けられました。
私に言わせれば、実にお手軽で都合のいい犯人探しにすぎません。
大切な点なので繰り返しますが、共働きの子どもでもちゃんと育っていく子どももいれば、お母さんが専業主婦でも不登校やニートになってしまう子どももいます。
そこに明確な法則などないのです。
大学生時代から35歳までは塾の経営者として、それから50歳までは隠居人としてさまざまな教育プロジェクトに携わり、そして51歳から61歳の今日までニートや引きこもりの若者を支援する立場として、これまで膨大な数の若者たちと関わってきた私が再度断言しておきます。
「あらゆる子育ての結果は偶然にすぎません」
自分の子育てを振り返ってみることは大切です。
ただ、失敗の原因を究明して、反省しすぎるのは、その後の子どもへの対応にかえってマイナスになってしまう危険性が高いのです。
「希望のニート」二神能基著 2005年6月2日刊行 より
このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「希望のニート」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。
同じ引きこもり・ニート状態であっても、その状況はそのご家族によってみな違います。
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認定NPO法人ニュースタート事務局理事。1943年生まれ、早稲田大学政治経済学部卒。1994年より「ニュースタート事務局」として活動開始。千葉県子どもと親のサポートセンター運営委員、文部科学省「若者の居場所づくり」企画会議委員などを歴任。現在も講演会やメディアへの出演を行う。
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