今年1月末に自治体に通知された「ひきこもり支援ハンドブック~寄り添うための羅針盤~」に関するコラムの第2弾です。
(第1弾はこちら)
ハンドブックはこちらのページの6.参考より閲覧できます。
厚生労働省>ひきこもり支援推進事業ページ
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/hikikomori/index.html
目次
前回のコラム【「自立ではなく自律」と言いたいだけ?】では、支援の目指す姿とされている「自律」の捉えどころのなさと、その評価の難しさについて触れました。
終わりの見えない「自律」という道標に対し、ハンドブックは具体的にどのような状態を示唆しているのか。
今回はその手がかりを求めて、後半に掲載された30もの事例を読み解きました。
結論から言うと、事例からは制作側が考える「自律」の明確なヒントを掴むことはできませんでした。
私が「これは自律と呼べるだろう」と感じた事例が、ほんの数例しかなかったのです。
そもそも、なぜハンドブックはこれほど多くの事例を紹介しているのでしょうか。
第5章の冒頭には、「第4章で整理した50項目のポイントを支援の実践においてどのように活かすことができるのかを示すため」と明記されています。
事例には、第4章の50項目のポイント番号が紐づけられており、30の事例全体を通して、すべてのポイントが網羅されていました。
このことから、これらの事例は「自律」の具体像を示すためではなく、あくまで支援の各ポイントを解説するために綿密に構成されたと考えるのが自然でしょう。
50もの支援ポイントを、限られた事例の中に過不足なく落とし込む作業は、さぞ困難だったと推察されます。
それでも、制作側の思い描く「自律」の片鱗を探るべく、改めて30の事例の結果を精査してみました。
驚くべきことに、事例の中で就労に至った方は一人もいませんでした。
就労に最も近いのは、事例6の就労訓練に通い中の方です。
それ以外で、当事者に前向きな変化が見られたと言えるのは、他者との新たな関わりが生まれた5つの事例です。
具体的には、当事者会や居場所への継続的な参加、支援団体との繋がりを通じた友人関係の構築などが挙げられます。
最も多かったのは、「当事者との相談は継続できている」というケースで、判断が難しい事例も含めると13件に上ります。
これらの事例を、一応ポジティブな進展として捉えるならば、30事例中19例となり、割合としては決して低くはないかもしれません。
しかし、残りの事例は、家族との相談のみ継続、精神科への入院、連絡途絶、自死など、ご本人の前向きな動きが見られたとは言い難い状況です。
ハンドブックが示す支援の目指す姿を改めて確認しましょう。
ひきこもり支援では、本人やその家族が、自らの意思により、今後の生き方や社会との関わり方などを決めていくことができる(自律する)ようになることを目標とします。
(中略)
ここで言う自律は、「自身を肯定し、主体的な決定ができる状態」のことを指します。
(ひきこもり支援ハンドブック~寄り添うための羅針盤~より)
最も多かった「当事者の相談に乗れている13人」のケースは、まさに「自律に向かうプロセスの途中」と捉えるのが妥当でしょう。
ハンドブックの副題である「寄り添うための羅針盤」が示すのは、まさにこの寄り添いの段階なのかもしれません。
寄り添いながら「自律」へと共に進むイメージが、ハンドブック全体を通して感じられます。
しかし、最も肝心なのは、その寄り添いの先にどのような未来が待っているのか、という点です。
その鍵を握るのが、私が前向きな変化と捉えた以下の5つの事例でしょう。
前出の就労訓練通所の事例も含めた、支援結果がこちらです。
事例28~30は、専業主婦、LGBTQ、メタバース活用という、やや特殊なテーマとして最後に配置されている点は留意すべきでしょう。
私がこれらの事例を前向きと判断したのは、担当支援者以外の他者との関係性が生まれているからです。
しかし、これらの事例が果たして「自律」と呼べる状態なのかは、断言できません。
提示された居場所への参加を、「主体的な決定」と捉えて良いのでしょうか。
「自主的」な行動とは言えるかもしれませんが、「主体的」という言葉には、より積極的で能動的なイメージが伴うからです。
もし制作側がこれらの5人を「自律した事例」として意図的に掲載したのならば、寄り添いの先に待つのは、居場所や当事者会への参加といった形ばかりなのか、という疑問がどうしても湧き上がります。
「就労することのみを支援のゴールにしない」と謳っている以上、就労もまた重要なゴールのひとつであるはずです。
それならば、就労に至った事例と、それ以外の多様な自律の形を示す事例を並列して提示することで、支援の多様な可能性を示す方が、読者の理解を深めたのではないでしょうか。
もし制作側も、これらの事例を「自律に向けたプロセスの途中」と認識していたのであれば、ハンドブックの中で「自律」の具体的な形をもう少し詳細に示すべきだったのではないでしょうか。
目指す方向性が曖昧なままでは、支援者は寄り添い続けることの意義を見出しにくく、疲弊してしまう可能性があります。
ポイントの最後に支援者のエンパワメントについても触れられてはいるものの、ハンドブック全体としては、支援者に必ずしも親切とは言えない印象を受けます。
制作側の真意は定かではありませんが、いずれにしても、読後には拭い去れないすっきりしない感覚が残りました。
もしかすると、この割り切れない気持ちを抱えながら支援を続けることこそが、支援者に求められている「寄り添い」の真髄なのかもしれません。
改めて考えると、このハンドブックの副題は「寄り添うための羅針盤」です。
つまり、その焦点は「寄り添う」という初期段階の支援に特化しているとも解釈できます。
事例にも、その特徴が顕著に表れています。
30事例のうち、23例が支援期間1年未満、4例が1~2年未満です。
「支援期間が長期」と括られているのはわずか3例で、2年から14年です。
このことから、これは「1年程度の支援期間で、当事者との継続的な相談関係を築き、寄り添うに至るまでの過程を示す事例集」と捉えることもできるでしょう。
支援の初期段階に焦点を当てているため、最終的なゴールまでを描き出すことが難しいのは、当然と言えるかもしれません。
結論として、このハンドブックの事例からは、目指す姿である「自律」が具体的にどのような状態を指すのか、明確な輪郭を掴むことはできませんでした。
やはり、「自律」という概念について、もう少し詳細な定義や具体的な事例を示すことが、今後のひきこもり支援の現場にとって、より有益な羅針盤となるのではないでしょうか。
このコラムでは、「ひきこもり支援ハンドブック~寄り添うための羅針盤~」後半の事例を分析し、「自律」の具体的な姿を探りました。
しかし、事例は支援の各ポイント解説に主眼が置かれ、就労事例も皆無でした。
前向きな変化が見られたのは、他者との関わりが生まれた数例のみ。
ハンドブックの事例は寄り添う初期段階に特化しており、「自律」の明確な提示がない点に課題を感じます。
寄り添いの先に示すべき「自律」の具体像こそ、今後の支援の羅針盤となるでしょう。
認定NPO法人ニュースタート事務局スタッフ。青山学院大学理工学部卒。担当はホームページや講演会などの広報業務。ブログやメルマガといった外部に発信する文章を書いている。また個別相談などの支援前の相談業務も担当し、年に100件の親御さんの来所相談を受ける。
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