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私も15年「ニート中年」だった

2017年9月1日

 

 

ニートとは誰か

 

 

 

ニートという存在が脚光をあびています。

 

 

2004年7月に玄田有史さんと曲沼美恵さんの『ニート』(幻冬舎)が発売されて以来、ニートという存在が急速に注目されるようになりました。

 

週刊誌やテレビでも「働かない若者」や「ニート」についての特集が、最近数多く組まれています。

 

 

 

ただ、「ニートという言葉は聞いたことはあるけれど、何のことかよくわからない・・・・・」といった人がまだたくさんいると思います。

 

そこで、まずはニートの定義について簡単に触れておきます。

 

 

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一般に日本では、「15歳から34歳までで、学校卒業後に職探しも通学もしない未婚の若者」をニートと呼んでいます。

 

すなわち、「勉強もしないし働きもしない若者」が日本ではニートと呼ばれているのです。

 

 

 

2003年は、そういう若者が約52万人もいるというので一気に社会問題化しました。

 

同じ年のフリーター人口が217万人ですので、ニートとフリーター両方を合わせると、定職につかない若者が約270万人にもなるというのです。

 

 

 

そもそもニートという言葉は、1997年にイギリスで生まれた言葉です。

 

その年に誕生したブレア政権が、当時深刻だった若者層の失業問題に取り組む中で、「ニート」という言葉が生まれ、ヨーロッパ全体に広がったと言われています。

 

「Not in Education Employment or Training(学業にも、職業にも、職業訓練にもついていない人たち)」の、それぞれの頭文字をとって「NEET(ニート)」と名づけられました。

 

 

 

ここで重要なのは、ヨーロッパでは「ニート」という言葉が生まれる以前から(すなわち若年失業が増えた1980年代以降)、すでに各国政府によって若年失業が雇用問題として取り組まれてきたという事実です。

 

日本のように若者個人やその家族の責任として、この問題が放置されてきたのとは大きく違います。

 

 

 

もっとも、ニートの定義にはいくつかの説があります。

 

ニートという言葉を生んだイギリスをはじめ、ヨーロッパでは周辺的フリーターや失業者、無業の若者をふくむというのがニートの定義です。

 

 

 

周辺的フリーターとは、週40時間以上継続的に働くフリーターと違い、頻繁に離退職を繰り返すフリーターのことです。

 

彼らは無業者や失業者にもなる可能性があるため厳密には区別できないという考え方から、彼らもひとくくりにして「ニート」と呼ばれているのです。

 

 

 

一方、日本では、フリーターや失業者は働く意欲があるからという理由で除かれ、15歳から34歳までの純粋な無業者だけを「ニート」と呼んでいます。

 

この日本式定義のために、「働く意欲がない若者=ニート」という、ヨーロッパとは違った「ニート」観が広がってしまいました。

 

 

 

また日本では、引きこもりとニートの違いについても、いくつかの見方に分かれています。

 

 

 

私の考える引きこもりの定義は「外出できるできないにかかわらず、家族以外の人間と半年以上交流がない状態」のことです。

 

この定義にしたがえば、引きこもりはニートの一部という位置づけになると思います。

 

 

 

しかし、引きこもりは本人を家から出せば形式上解決しますが、若年失業、つまりニートの問題は残ります。

 

むしろ最近の新卒大学生の就職状況の難しさを考えれば、ニート問題の解決のほうがはるかに難しく、より深刻なのです。

 

 

 

それらの理由から、本書では、引きこもりの若者たちもふくめて、「ニート」という総称で呼んでいきたいと思います。

 

 

 

 

 

誰でもニートになりうる

 

 

 

ニート問題が深刻だと私が考えるのは、就職率の低下をふまえ、いまや誰でもニートになりうるという社会環境が整いつつあると思うからです。

 

 

 

そう考える理由は、主に二つあります。

 

 

 

まず、大学卒業後に就職したものの、その劣悪な職場環境に耐え切れずに退職して、ニートになる若者が最近増えていることです。

 

またもうひとつの理由は、高校や大学卒業後に就職せず、フリーターとして気ままに働きつづけたけれど、30歳をすぎると働き口が急に減り、本人の意欲とは無関係に、ニートになってしまう若者も増えているということです。

 

 

 

ニートというと「高校や大学卒業後も何もせず、ただ親に依存している甘えた若者」というイメージが根強くあります。

 

しかし最近はそうではなく、新たに二種類のニートが増えているのです。

 

それは、会社を辞めてニートになるといった「退職型ニート」と、フリーターを続けてきてニートになる「フリーター型ニート」です。

 

 

 

まず、前者の「退職型ニート」について、ひとつの事例を紹介します。

 

 

 


 

 

 

先月、元公務員の69歳のお母さんが、私のところに面談にいらっしゃいました。

 

 

 

息子の秀則君(38歳)は有名大学を卒業後、大手コンピューター企業に就職したそうです。

 

 

 

しかし一二年間ほどその会社に勤めて、精神的にも肉体的にも疲れ果て、退職してしまいました。

 

年齢的にはニートの定義の上限である34歳を超えていますが、典型的な「退職型ニート」のパターンです。

 

 

 

お母さんの話ですと、最初は大企業に就職が決まって母子ともに喜んでいたそうです。

 

 

 

秀則君は、ちょうどバブル絶頂期の入社組。

 

コンピューター会社も景気がよかったから、膨大な数の新卒を採用していた時期です。

 

もちろん、新卒学生にとっては完全な売り手市場の頃で、しかも躍進していたコンピュータ会社だったから、給料もかなり高かったようです。

 

 

 

でも、入社してみたら深夜残業の毎日。

 

どうやら最後の二年間は、仕事による過度なストレスから胃に穴があいてしまって、二年間休職していたようです。

 

 

 

結局、企業側から自己都合の退職を暗に求められました。

 

 

 

それから自宅に引きこもってしまい、もう三年になる、というのです。

 

よほどコンピューターにはこりたらしく、自宅のパソコンには、それからは一度も触っていない。

 

パソコンはもうウンザリだと言っているという話でした。

 

 

 

そういう話を聞いていると、そういったニート問題の根底には、そもそも若者を取り替え可能な消耗品と見ている企業社会の構造があるように、私には思えてなりません。

 

 

 

一昔前までは、サラリーマンは「会社の歯車」と言われていました。

 

しかしいまは、ほかの社員とかみ合う必要さえない。

 

すなわち「歯車」でさえなく、ただの「部品(パーツ)」のような扱い方をされてしまうのです。

 

 

 

歯車がなくなると、全体の流れが止まってしまいますが、パーツがなくなっても全体の流れには支障をきたしません。

 

それに正社員に退職者が出ても、派遣会社に頼めば代わりの派遣社員がすぐに見つかってしまいます。

 

 

 

幸いなことに秀則君の場合は、近頃は体調も回復してきているようです。

 

ただ、母親が今後のことをたずねると、「放っておいてくれ」としか答えない。

 

どこかで人生を投げてしまったような雰囲気を、お母さんは息子さんに感じています。

 

 

 

いままでの私の経験からひとつ言えるのは、学校を卒業しても働かないニート(「モラトリアム型」ニート)より、秀則君みたいに就業経験があってそこで挫折してニートなった場合(「退職型」ニート)のほうが、心身両面で傷ついているので立ち直るのに時間がかかりやすい、ということです。

 

しかも大手企業に勤務していたというプライドがあると、なおさらです。

 

 

 


 

 

 

それとは反対に、フリーターとして30歳すぎまで仕事を転々としていて、突然、自宅に引きこもってしまうケースもあります。

 

これが最近急増しているもう一種類のニート、すなわち「フリーター型」ニートです。

 

 

 

いろいろ器用なため、便利屋みたいにいろいろ仕事をこなしているうちに、30歳をすぎてしまった。

 

すると、急にフリーターの仕事がなくなってしまうのです。

 

アルバイトの面接に行っても、年齢ゆえに不採用ということが続いて、本人もかなり傷ついてしまう。

 

そういったケースもたくさんあります。

 

 

 

だけど、いままで30種類近くの仕事をやったことが活かせる職業なんて、そもそもそんなに多くはありません。

 

そうなると本人も落ち込んで、人生をもう一度組み立て直そうという気力も失ってしまうのです。

 

 

 

それに加えて、少し持ち直したとはいえ、就職率もまだまだ低く、新卒の大学生や高校生でさえ、フリーターかニートにならざるをえないという現状があります。

 

そういう社会構造の変化に目を向けず、「ニートは働く意欲のない甘えた若者」だと一方的に批判するのは、問題の本質を見誤っています。

 

 

 

 

 

私もニートだった

 

 

 

そういう私自身も、実は15年近く無業者、つまり「ニート中年」でした。

 

 

 

1943(昭和18)年生まれの現在61歳で、愛媛県松山市の出身です。

 

 

 

私は、早稲田大学に入学した年から、故郷の松山市で、学習塾を始めました。

 

 

 

大学にはあまり行かず、一年間の大半を松山市で過ごしながら、学習塾の経営に情熱を傾けていたのです。

 

理由は簡単で、塾経営のほうが当時の私には面白かったからです。

 

どんどん生徒が増えて、お金もどんどん儲かりました。

 

 

 

大学卒業後はより一層それに力を入れ、私が35歳の頃には塾生が3000人近くにまで増えました。

 

地方都市で塾生3000人というと、かなりの大所帯です。

 

 

 

だけど私は、塾経営が繁盛すればするほど、自分がやっていることがつまらなくなっていきました。

 

 

 

NPOで資金繰りに苦労している現在とは違い、当時はお金に不自由することはありませんでした。

 

小さな街で、若き成功者として一目おかれる存在になり、毎晩、財布も持たずに何件も飲み歩いていました。

 

いま思えば本当に恥ずかしくなりますが、どの店も、塾の名刺一枚でツケ払いでした。

 

 

 

しかし、しばらくすると、それは私個人の人気ではなく、私の塾や塾の評判に対して、チヤホヤされているだけということに、次第に気づきはじめたのです。

 

 

 

そうなると、どれだけ大騒ぎしても、少しも楽しくはありません。

 

むしろ、そういう生活にかなり食傷気味でした。

 

それなら飲みに出るのをやめればいい、と思われるかもしれませんが、いったん膨れ上がった生活は、なかなか抑えがききませんでした。

 

 

 

そこで35歳のときに、一念発起して塾の経営を後進にゆだね、私は「隠居人」という名刺をつくり、家族で千葉県に引っ越してしまいました。

 

千葉県に特別の思い入れがあったわけではありません。

 

首都圏でもっとも届いた年賀状の数が少なかった場所、すなわち、できるだけ当時知り合いの少なかった場所で、生活を再開したかったのです。

 

 

 

それぐらい徹底した方向転換をしなければ、普通の生活に戻れないと私は考えていました。

 

若くしてお金を持ちすぎてしまうことは、それほど人生を難しくしてしまうのです。

 

 

 

「隠居人」ですから当然、定期的な仕事はありません。

 

でも、塾業界では少々名前が知られていて、新しい塾の立ち上げ時に応援を頼まれたりして、ちょくちょく仕事はしていました。

 

 

 

それでも、35歳から50歳までは基本的に無業、さしずめ「ニート中年」というわけです。

 

 

 

そういう意味では、若いニートより、断然、筋金入りです(もちろん、自慢するような話ではありませんが)。

 

結局、私は生涯一度も就職する事はありませんでした。

 

 

 

そして1994年に、前にも書いた「イタリア・ニュースタート・プロジェクト」を立ち上げました。

 

不登校などの若者をイタリアに送り、トスカーナ州の農園生活で彼らに元気を取り戻させるのが目的でした。私が51歳のときです。

 

 

 

その五年後に、不登校や引きこもりの若者を支援する特定非営利法人(NPO)「ニュースタート事務局」を立ち上げ、今年で六年目になる、というわけです。

 

 

 

ただ、一度もサラリーマンを経験することなく、61歳までなんとか生きてくれば、ニート中年だってそこそこ生きていけるんだなぁという実感と、多少の自負はあります。

 

私にできたことが、最近のニートの若者たちにできないはずはない。

 

 

 

たしかに、私がニート中年をしている間に、私たちの社会は、大学を出てサラリーマンになる人が大勢を占めるようになりました。

 

しかし、そんなサラリーマン社会も、バブル崩壊以降ふたたび変質しはじめています。

 

昔と違って、みんながみんな正社員になれるという時代ではなくなりつつあるからです。

 

 

 

今後はサラリーマン・正社員ではない人が、世の中にどんどん増えてきます。

 

ですからニート少年やニート青年も、大企業に就職できないことに、あまり不安や負い目を感じる必要もないのです。

 

 

 

むしろ、サラリーマン以外の生き方をする人も増えてくるのですから、ニートや引きこもりを毛色の変わった経験ぐらいに考え直して、自分なりの生き方を堂々と提案すればいいのです。

 

 

「希望のニート」二神能基著 2005年6月2日刊行 より

 


 

 

このテキストは株式会社東洋経済新報社(以下「出版社」という)から刊行されている書籍「希望のニート」について、出版社から特別に許諾を得て公開しているものです。本書籍の全部または一部を出版社の許諾なく利用することは、法律により禁じられています。

 

 

 

 

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